犬への気持ち
このブログを通して、ご存知の方も多いと思いますが…
我が家のワンズ、メイは飼育放棄犬、ぼくは保護犬です
そして、今年の6月に亡くなった猫のシッポも野良猫でした
6年前の11月、メイは2歳少し前に我が家にやってきました
その日から1年、吠え、引っ張り、激しい威嚇…と問題行動のオンパレード
肝機能の悪さと皮膚病、熱が出やすく、頻発するストルバイト結晶
もう、どうにかして欲しいという家族の気持ちと
メイさんに、伝えたい私の想い
その狭間で苦しみ、悩み、最後に望みをかけたのが『トレーニング』でした
「今のアナタとメイは、気持ちがすれ違っています。メイは誰に頼って良いのかも解らないから、自分で自分を守るしかないと思い、強がっているんです。トレーニングの目的は、あれやこれが出来るようになる事、あそこを治す、ここを治すではなく、飼い主と犬が一緒に努力して出来るようになることで生まれてくる絆を作ること、すなわち、飼い主と犬が心から信頼しあい、見えないリードで繋がることにあるんです。」と言われ、半信半疑のまま走り出しました
ただ散歩をするだけではなく、ご飯をあげるだけではなく、かわいがるだけではなく
毎日毎日、努力すること、もっと積極的に犬という生き物を、犬種を、メイを理解しようとし、食事の内容、排泄、病気、とかかわり向き合う事でみるみるうちに細い糸のような絆が、どんどん太くなり強くなり、今ではけっして何が起きても揺るがない絆となりました。
メイは私の分身でもあり、私はメイの全てなのです。だから、メイの体調は私の心身の状態と完全にシンクロしてしまう… (過信だと笑われるかもしれないけど)
保護犬を迎える時、いや、犬を迎える時
是非、自分の子供に、字を教えたり危険なものや安全なもの、世の中や家庭のルールを教え育てるように、積極的に犬に教えてあげて欲しいと思う…
犬は学習する生き物だから!
供に喜び、なぐさめ、励まし、褒め、時には厳しく教えることで、人間の所有物化しているペットから脱却し、お互いの伴侶として犬も飼い主も充実した年月を送れるのだと思います。
そして、いつか来る最期の時に「お互い、解りあえた幸せな時が過ごせたね」と言って、おくる事が出来るんじゃないかなぁ…
そんなメイと生活をし、飼い主と犬の気持ちがすれ違うとどういう問題が発生するのか、どんな不幸をもたらすのか…目の当たりに見てきた長女N子は、ドックトレーナーになりました。
プロとして、同じように問題行動で悩む飼い主の気持ちを理解できるということ、乗り越えれば素晴らしい世界があるということをメイが教えてくれたのだと思っています。
そして彼女は自分のパートナーとして、この夏にぼくを迎えました。
迎えて2ヶ月、その絆はお互いに無くてはならない存在になる程、強いものを作り上げています。信頼関係というのは、双方が信頼しあって初めて生まれるものです。ぼくにトレーニングが入るのは、確かにテクニックであったり知識であったり、経験であったりするものが大きいとは思います。でも、根底には強い絆があるのです。過ごした時間や日々の長さではなく、共に過ごす時間の質かもしれないし、子犬特有の吸収の早さなのかもしれません。
これから、ぼくはどんどん新しい事に挑戦していくでしょう
アジリティー、ガンドック、サッカー、フリスビー、イベント、山や海
でも、それはトレーナーの犬だから特別ということではなく、呼べば必ず自分の元へ来る、飼い主のそばにいれば楽しい、という絆さえあれば楽しめることなのです。
遊んでいたドックランの柵が壊れたらどうしますか?
家の敷地から出ようとしたら?
「まて!」「Stay!」「来い!」「Came!」の一言が危険回避に繋がる最も重要なトレーニングだと私は考えます。
私は5年前に出来るようになった「まて・来い」を、今でもメイに毎日の散歩等で必ず何度かは使います。
それは、このコマンドを強化するためには、弱い刺激から強い刺激、、いつ、どんな時でも指示に従えるように、あらゆる場所でトレーニングする必要があり、一度習得したからいつでも出来るというものではないからで、メイを危険から守る武器となり、何よりもメイを大切に思っている証だから…
真摯に向き合っているつもりなんだけどなぁ…
こんな私の犬への気持ちは、伝わらないものなのでしょうか?
伝わっても信頼に値しないのかなぁ
人間って、むずかしい…
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